
希望の物語のブランド戦略
配信日:2025年11月05日
近ごろ、ブランドの世界で静かに大きな変化が起きているようです。かつては「どんな製品をつくるか」「どんな技術を持っているか」がブランドの価値を決めていました。Appleがその代表例です。革新的なプロダクトによって人々の生活を一変させ、新しい未来を見せることで強い支持を獲得してきました。
ところが今、製品そのものよりも、そのブランドがどんな未来を描いているか、つまり物語こそが人々の心を動かす源になりつつあります。技術や機能では差別化しきれない時代、消費者が「何を買うか」ではなく「どんな未来を信じるか」でブランドを選ぶようになってきているのです。
物語が力を持つ時代的な背景
こうした変化の背景には、まず社会全体の空気があります。長引く経済停滞や格差拡大、気候危機、不安定な国際情勢。こうした閉塞感のなかで、人々は合理性よりも「希望」を求める傾向を強めています。大きな理想ではなく、「小さくても自分の手で変えられる希望」、テクノロジーではなく、「信じられるストーリー」に人々の心が動くようになりました。だからこそ、「身近な希望」を描けるブランドが、共感と支持を集めているのです。そして物語は機能の上に「意味」を与える装置となり、ブランドが選ばれる理由そのものになっているのです。
HERALBONYが見せる「希望の物語」
同時に「価値の重心」の変化もいえるかもしれません。かつては「何ができるか」が価値でしたが、今は「それが何を意味するか」に軸が移っているようです。その象徴的な存在が、日本発のブランド「HERALBONY(ヘラルボニー)」です。このブランドは、知的障害のある人たちのアート作品を社会に送り出し、国内外で高い評価を受けています。単なる障害者支援でもアートビジネスでもなく、HERALBONYが描いているのは「多様性があたりまえに存在する未来」という希望の物語です。
このブランドには特別な技術も、派手な広告もありません。あるのは創業者の思想と、それに共鳴する人々の輪だけです。それでも強い支持を集めているのは、「この物語を信じたい」と思う人が増えているからです。消費者は製品そのものよりも、「ブランドの描く世界」を買うようになっているのです。
「製品イノベーション型」から「思想・ビジョン型」へ
Appleは製品イノベーションを軸に、時代を切り拓いたブランドでした。「Think Different」というメッセージは、卓越した製品があって初めて説得力を持ち、人々は技術と思想の両輪に未来を見ました。これはプロダクト・ドリブンの成功モデルといえます。
一方、HERALBONYのような新しいブランドは順序が逆です。まず思想があり、共感が生まれ、そこにプロダクトが生まれる。プロダクトは「主役」ではなく、思想を伝える「器」に過ぎません。製品そのものの差別化が難しくなった今、ブランドの強さは「何を作るか」よりも「何を信じているか」で決まるようになっています。
「信じられる物語」がブランドを強くする
なぜ人々はこのような物語を信じるのでしょうか。理由のひとつは、「語る人」が見えることです。HERALBONYは創業者の家族の物語が起点になっており、その思想には裏がない。損得勘定ではなく、まっすぐな想いが見えるからこそ、共感が信頼に変わります。
もうひとつは、「遠い理想」ではなく「手の届く未来」を描いていることです。Appleが“世界を変える”だったのに対し、HERALBONYは“あなたの一歩が社会を少し良くする”というスケール感を持っています。この等身大の希望が、人々を自然に巻き込む力になります。
これからのブランド戦略では、製品を中心に考える発想だけでは十分ではありません。思想やビジョンから始まり、希望の物語を紡げるブランドこそが、支持され、選ばれ、愛されていく時代です。











