
ブランドが栄光を失い始める時
配信日:2025年6月11日
よくブランドの衰退は「変化に対応できなかったから」と言われます。例えばコダックやブロックバスターなど。しかし衰退は、もっとビジネスライクでもっと論理的な理由で始まることもあります。それは「新しいチャンスに意志をもってNoと言ったこと」。つまり「チャンスを受け入れなかった」というケースです。
今回はこれらについて考えたいのですが、残念ながら経営陣の意思決定での「本音」や「真実の成り行き」を記録しているものは、ほぼない。それが「自らの衰退の物語」であれば、なおさら残したくないか、残しても「後付けの物語」の可能性もある。そこで、今回は企業ブランドでなく、国家ブランドの歴史を紹介してこの問題を考えましょう。国家もまたブランドであり、経営という点では企業ブランドにも通じます。
15世紀末、ヨーロッパの大国たちは、まさにこの問いに直面しました。そしてその時、「チャンスを受け入れない」という選択をしたのが、当時栄えていたヴェネツィア共和国でした。
コロンブスは、国家に「未来の物語」を売り込んでいた

コロンブスと聞くと、勇敢な冒険家のイメージがあるかもしれません。でも彼は、実に戦略的なビジネスパーソンでもありました。「西へ向かえばインドに着く。より効率的な貿易ルートを手に入れられる」という構想を、国家という投資家に売り込んだのです。
最初に提案を持ちかけたのは、自身の出身地であるジェノヴァだったと考えられています。ただ、当時のジェノヴァはすでに地中海貿易の覇権をヴェネツィアに譲っており、新たな航路開拓に踏み出す余力がなかったのかもしれません。そこで、より強力な貿易国家であったヴェネツィアに提案したと考えられますが、ここでも採用されることはありませんでした。ヴェネツィアが断った理由はシンプルです。「今、十分にうまくいっているから、未知の挑戦をする必要はない」と判断したのです。
ヴェネツィアは、安定の中に未来を閉じ込めてしまった
ヴェネツィアは当時、地中海貿易を牛耳る強国でした。香辛料、絹、金。すべてがこの国を通って西へと流れていました。安定した収益と、誇りある航路。そこには「新しいことに投資しなければならない理由」なんて、どこにもなかったのです。
その安定こそが判断を鈍らせました。投資の余力はあった。しかしコロンブスの提案は、今の成功モデルからしたら突飛すぎたのです。「いまのやり方で十分うまくいっている」。その言葉が、未来への扉を閉ざしたのかもしれません。
スペインは、未来の物語を信じる決断をした
そこでコロンブスはこの案件をスペインに持ち込みます。スペイン王室は対照的でした。イサベル女王は、長く続いた「レコンキスタ(再征服:イスラム勢力に支配されていたイベリア半島を、キリスト教勢力が少しずつ取り戻していった数百年にわたる戦い)」を終わらせ、国の再統一を果たしたばかりのタイミングでした。
彼女はコロンブスの提案に耳を傾け、それが国家の次の一手になると信じました。そして投資を決断します。この決断が、スペインを「新世界の主役」へと導いていきます。
いまの状態への満足が、未来を拒むこともある
「いまを続ける」という判断は、何も怠慢ではありません。それは現在を守ろうとする、極めて真面目な意志なのです。けれど、今のやり方に満足するあまり、未来を選ばなかった国やブランドは、次の舞台から降りることになるようです。
ブランドが栄光を失い始めるのは「いまの状態への満足」からかもしれません。今うまくいっている。それゆえに「新しい未来」を不要と判断してしまうリスクがある。ヴェネツィアとスペインの事例は企業の意思決定にも参考になると思います。