
トレンドとファッドのブランド戦略
配信日:2025年12月03日
マーケターの世界では「市場が変化している」という言葉がよく使われますが、その「変化」はすべて同じではありません。最も大きな違いは、ファッド(fad)とトレンド(trend)の区別がついているかどうかです。
ファッドは、タピオカのように一気に盛り上がって一気に消える短命のムーブメントです。生活者の気分によって発生するため、企業がそこに乗るかどうかはブランドの性質によって判断すれば良く、大きなリスクにはなりません。
一方でトレンドは、価値観や行動、テクノロジーの構造が変わることによって生まれる「土台そのものの変化」「市場の前提条件の変化」です。これは放置した瞬間に企業の衰退が始まります。両者は似ているようでいて、ブランド戦略上はまったく別の次元にあるのです。
ファッドは「放置してもブランドは死なない」
ファッドの性質は、話題性が急激で寿命が短いことです。例えばタピオカブームが終わっても、タピオカを販売しなかった企業のブランド価値が下がることはありませんでした。ファッドは「生活者の気分の波」なので、ブランドは必要以上に気にする必要はないのです。
むしろ、ファッドに企業が安易に飛びついてしまうと、ブランドを歪めてしまうリスクのほうが大きく、「乗るとしても軽く、小規模で」 が基本姿勢になります。
一方で、トレンドを無視すると「努力しても衰退する」
トレンドとは、生活者の行動や価値観、社会やテクノロジーの“柱”が変わる現象です。ここを見誤ると、企業はどれだけそれまでと同じ努力しても報われません。これはまさに「下りのエスカレーターを全力で逆走している状態」です。がんばっても、がんばっても、確実に下へ押し流されていきます。
過去のアメリカ鉄道会社もこの罠にハマりました。自らを「鉄道業」と定義し続けたため、「輸送業」という時代のトレンドに乗り換えることができず、衰退していきました。ここには、明確に「無視したトレンド」が存在します。それは 自動車と航空機という、輸送手段そのもののイノベーション でした。
まず、自動車産業の台頭です。1908年にフォードが「T型フォード」を発表し、自動車の大量生産が始まりました。これによって都市間移動は「線路のある場所」から「道路がある場所」へと広がり、1920〜30年代にはアメリカ中に自動車文化(モータリゼーション)が浸透していきます。さらに 1956年にはアイゼンハワー政権が「州間高速道路法(Interstate Highway Act)」を制定し、アメリカ全土に高速道路網が整備されました。ここで消費者のニーズは 「決められた時刻に乗る移動」から 「好きな時間に、好きな場所へ移動できる自由」 へ大きくシフトしていきます。
次に航空機の発展です。1920〜30年代に民間航空路線が徐々に整備され、第二次世界大戦後の1950年代にはジェット旅客機の商用運航が本格化しました。これにより、長距離移動のスピードは鉄道とは比較にならないほど向上します。消費者は「できるだけ速く移動できる」という新しい価値を手に入れ、鉄道はその競争軸から外れていきました。
そのようなトレンドの変化のなか、驚くことにアメリカ鉄道会社は、自分たちを「鉄道業」として捉え続けました。「競合は他の鉄道会社だ」という前提から抜けられず、「消費者は移動の自由とスピードを求めはじめている」という価値観のトレンドに気づけなかったのです。(マーケティング近視眼)
結果として、「自動車(自由)」「航空機(スピード)」という二つの巨大トレンドに背を向けたまま、鉄道という「下りのエスカレーター」を逆走するような状態に陥りました。どれほど努力しても、時代の流れそのものが彼らを下へ押し流していったのです。
Google が緊急事態を宣言した理由(2023年)

最近の事例も紹介しましょう。トレンドを捉える重要性を示す最も象徴的な事例がGoogleです。2022年末に ChatGPT が登場すると、世界の「検索行動」のトレンドが揺れ始めました。それまで Google は「検索」という行動基盤を完全に支配しており、収益の約80%を検索広告で稼いでいました。つまり、このトレンドの変化は「Googleの生命線の危機」「大幅な減収減益の予兆」だったわけです。
そこで Google は2023年初頭に「Code Red(緊急事態)」を社内に発令し、AI分野への取り組みを急速に強化しました。検索という市場はまだ縮小していないにもかかわらず、です。いま起きているのは「ファッドではない」。検索というOSが変わり始めたという構造変化=トレンドだということを彼らは理解していたのです。
もし動かなければ、Google は下りのエスカレーターに乗り続け、努力しても80%の収益を失ってしまう未来が待っていたでしょう。
トレンドとは「登りのエスカレーターに乗り換えること」
トレンドに対処するとは、決して格好いいイノベーションをすることではありません。「時代が進む方向へ、自らの立ち位置を移すこと」です。その瞬間から企業は登りのエスカレーターに乗ることができます。つまり、そこまで努力をしなくても、時代の流れが背中を押してくれるのです。新興企業が一気に伸びる理由も、たいていはこの乗り換えの巧さにあります。
ブランド戦略としての結論
整理すると、こうなります。
- ファッド→ 放置してもよい。乗るとしても軽く、小さな実験レベルで十分。
- トレンド→ 必ず対処する。行動・価値観・テクノロジーの“構造変化”につながっているため、放置すると衰退する。
- 最大のリスク→ ファッドに振り回され、トレンドを見誤ること。
ブランド戦略は、トレンドの本質を見抜き、余計なファッドに巻き込まれず、自分たちの立つ場所をしっかり選ぶことにあります。それが、未来のブランドの競争力を左右していくのだと思います。











