未利用者を取り込むブランド戦略

未利用者を取り込むブランド戦略

配信日:2025年8月13日

ブランド戦略というと、既存顧客のロイヤルティを高める、あるいは競合からシェアを奪う発想になりがちです。ですが、人口減少や市場の成熟が進む中で、それだけでは成長が頭打ちになります。そこで注目すべきが、「まだブランドを使っていない人」、さらには「そのカテゴリーすら利用していない人」をどう取り込むかという視点です。既存市場の外にこそ、大きなチャンスがあるのです。

この戦略を実践して成功した好例が、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」です。日常の移動手段として鉄道を使わない層、さらには鉄道に関心がない層までを取り込んだことで、世界的な高評価を獲得しました。

ななつ星の成功は“鉄道嫌い”から始まった

日経新聞(2025年8月3日)によれば、開発の陣頭指揮をとった唐池恒二氏は「僕は鉄道が嫌い」と公言していました。これは社員に「鉄道に無関心な人や避ける人の気持ちを理解しろ」というメッセージでもあります。

従来の鉄道ファン向け商品では市場が小さく、マニア好みの不便さや古さに依存する危険があると見抜きました。そこで、ななつ星は欧米の高級列車の単なる模倣ではなく、調度品や料理、サービスまで「街中にあっても最高級」と言える水準に刷新。鉄道に興味のなかった層にも「乗ってみたい」と思わせるブランド体験を設計したのです。

Apple iPodも「音楽プレーヤー無関心層」から市場を広げた

2001年、Appleが発売した初代iPodも同じ発想でした。当時、多くの人はCDやMDで音楽を聴いていました。Appleは、スペックや技術ではなく「1000曲をポケットに」というシンプルな価値提案を打ち出し、複雑そうに見える操作や曲の取り込みをiTunesとのシームレスな連携で解決しました。結果、デジタル音楽の市場そのものを拡大したのです。

これらの未利用者を開拓した事例に共通するものは何でしょうか?

1.相手の世界にある価値軸で誘う
未利用者は、そもそもそのカテゴリーの価値を意識していません。だからこそ、既存のカテゴリー価値で訴えるのではなく、相手がすでに関心を持っている別の価値軸を使います。
ななつ星の場合、「鉄道」ではなく「旅」「食」「非日常体験」を前面に。iPodの場合は「ハイテク機器」ではなく「音楽をもっと自由に楽しむ」という価値軸でした。
2.安全な入口を作る
未利用者は「自分には向いていないのでは」と感じています。そこで、最初の接点は心理的ハードルを徹底的に下げる必要があります。
ななつ星は、切符や乗換えなど鉄道特有の煩雑さを排除し、ただ乗っているだけで贅沢な時間が過ごせる仕組みにしました。iPodは、ケーブル接続とiTunesによる自動同期で、PC操作に不慣れな人でもすぐ音楽を楽しめる環境を整えました。
3.自己イメージとの橋渡しをする
「これは自分に合う」という感覚が芽生えない限り、未利用者は行動を起こしません。
ななつ星では、著名人や海外メディアの賞賛を通じて「特別な人が選ぶ旅」という憧れを演出しています。iPodでは、スタイリッシュな広告ビジュアルや街中での使用シーンを通じて、「これを持つ自分はカッコいい」という自己投影を促しました。

未利用者開拓は「不」の解消だけでは足りない

未利用者の取り込みは、単純に不便や不満を解消するだけでは不十分です。最大の壁は、「これは自分のものではない」という心理的前提です。この壁を崩すには、①相手の世界にある価値軸で誘い、②安全な入口を作り、③自己イメージとの橋渡しを行う。この三段階が必要です。

ブランドの未来を広げるのは、既存市場の深掘りだけではありません。まだそのひとの世界にないものを、自分ごとにしてもらう。そこに、新しい市場を切り拓く鍵があります。

年別バックナンバー

2025年 人気の記事

ブランド構築ガイドブックⅡ 無料進呈中 ▶

bmwin

ブランド構築ガイドブックⅡ
【企業ブランド活性化編】無料進呈中!
ダウンロードする ▶