世の中の価値観を扱うブランド戦略

世の中の価値観を扱うブランド戦略

配信日:2026年1月14日

近年、ブランド戦略において「世の中の価値観」をどう扱うかが、以前よりもはるかに難しくなっているように感じます。多様性、ジェンダー、サステナビリティ、社会正義。どれも重要で、無視できないテーマである一方、それをどう表現するかによって、ブランドへの評価は大きく分かれるようになりました。価値観に寄り添おうとする行為そのものが、必ずしも歓迎されるとは限らない。そんな時代に入っているのだと思います。

さらに言えば、これらの価値観すら、すでに「過去のもの」になりつつあるのかもしれません。社会の空気は、直線的に進むのではなく、突然向きを変え、激しく流れを変えるようになっています。いま私たちは、時代の転換点、あるいは急流のただ中にいる。そんな感覚を覚えることが増えました。では、そのような状況の中で、ブランドはどう振る舞えばいいのでしょうか。今回のコラムでは、その問いを起点に考えてみたいと思います。

ジャガーが見ていた「当時の価値観」と、そのズレ

まずジャガーの事例です。2020年代前半、欧米では「多様性の尊重」や「旧来の価値観からの脱却」が、かなり強い時代の空気として共有されていました。ジャガーが持っていた「伝統的」「男性的」「力強い」といったイメージは、ときに古い価値観の象徴として捉えられがちで、ブランドにはより中性的で抽象的な表現が求められる傾向がありました。

推測になりますが、ジャガーの新しいロゴは、まさにこの空気を前提に設計されたように見えます。跳躍するジャガーという象徴的なモチーフを外し、控えめでフラットなデザインに切り替えたのは、「伝統」や「男性的な力強さ」から距離を取り、時代に即した新しい価値観へ移行しようとする意思表示だったのでしょう。

JAGUAR

左:旧ロゴ、右:新ロゴ

ところが、その発表前後から、社会の空気は急激に変わり始めます。多様性やポリティカル・コレクトネスそのものに対する反発が強まり、伝統や強さ、アイデンティティを前面に出す動きが再評価されるようになったのです。その結果、新しいロゴは「先進的」ではなく、「時代を読み違えた象徴」として受け取られてしまいました。価値観の変化を前提にした計画が、価値観の急旋回によって裏切られたようにも見えます。

クラッカーバレルが直面した「価値観の政治化」

クラッカーバレルのケースは、さらに分かりやすく価値観と社会の衝突を映し出しています。日本ではあまりなじみがないですが、クラッカーバレルは、米国南部の家庭料理を提供するレストランチェーンです。1970年代から続く老舗で、フライドチキンやビスケット、グレイビーといった伝統的な南部料理を売りにしています。特徴的なのは、レストランに併設された土産物店や、木製家具に囲まれた店内の雰囲気で、「昔ながらのアメリカ」「保守的で懐かしい価値観」を象徴する存在として、多くの常連客に支持されてきました。特に中高年層や地方在住の保守派にとっては、単なる飲食店ではなく、文化的な拠り所に近いブランドだと言えます。

2025年、同社は長年使い続けてきた白人男性キャラクター入りのロゴを廃止し、文字だけのシンプルなロゴへ変更しました。背景には、リベラル層も取り込みながら事業を拡大したいという経営判断があったとされています。

クラッカーバレル

左:旧ロゴ、右:白紙撤回された新ロゴ

しかしこの変更は、単なるデザイン刷新としては受け取られませんでした。南部料理という「伝統」を売りにしてきたブランドが、その象徴を捨てたことが、「文化の否定」「社会正義を前面に出した表現への迎合」として解釈され、批判は一気に政治的文脈へと回収されます。最終的には、大統領がSNSで介入し、ロゴ変更は白紙撤回されました。

ここで印象的なのは、消費者の反発が必ずしもデザインの良し悪しに向いていなかった点です。問題になったのは、ロゴが示す「態度」であり、「どの価値観の側に立ったのか」という読み取られ方でした。価値観を扱おうとした瞬間に、ブランドが社会の分断の最前線に立たされてしまった例だと言えます。

資生堂が日本で感じた「無言の距離」(2018〜2021年頃)

一方、日本の事例として資生堂を見てみます。2018年から2021年頃にかけて、資生堂はグローバルでジェンダーニュートラルや多様な美を前面に打ち出し、高い評価を得てきました。「美は誰のものか」「美の基準は一つではない」というメッセージは、当時の欧米社会の価値観と強く共鳴していました。

ところが、日本では同じメッセージが、少し違った形で受け止められたように見えます。「自分には関係ない」「きれいになりたいだけなのに、話が重い」。こうした声は、大きな炎上を起こすほどではないものの、確かな距離感として存在していました。

ここでも推測になりますが、日本で起きていたのは、多様性そのものへの拒否ではなく、「美のブランドが価値観を語ること」への戸惑いだったのではないでしょうか。日本では、美や化粧はどちらかといえば個人的な楽しみや実用の領域にあり、社会的メッセージを強く背負うものではなかったかもしれません。その文脈の中で、価値観が前面に出ると、少し構えてしまう感覚が生まれたように思えます。

世界と日本、その違いをどう見るか

世界では、価値観の変化に向き合い、それを言葉にしようとしたブランドが多かった。日本では、そうした動き自体が、まだ限定的に見えます。ただ、それを遅れと呼ぶべきかどうかは、少し迷います。語らないことで保たれている距離感や、にじみ出る態度によって受け止められている関係性も、確かに存在しているからです。

価値観が揺れる時代に、何を語るかより、どう振る舞っているか。日本のブランドを見ていると、そんな問いが浮かんできます。

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