今の苦労を思ったら、区役所の同僚が言ったことは正しかった。
配信日:2013年5月28日
「個人事業者の意見交換会」である方にお会いしました。ちょっと感動した話をシェアします。
Dさん。37歳です。Dさんはもともと、区役所に勤める役人でした。物静かなお人柄です。入所してから数年の窓口業務を経て、やがて異動になります。市民啓蒙の部署でした。ここでは市内にある人権問題を解決するべく、市民へのセミナーや講習会、相談窓口業務を経験。そして再び、異動になります。次に行ったのは児童相談所。幼児虐待や家庭内暴力の問題のカウンセリング業務を勤めました。どちらの部署も難しいテーマの相談業務でしたが、やりがいがあったと言います。
しかしやがて、また異動が決まりました。次の部署はシステム構築などを行うスタッフ部門でした。それまで市民の声を聞きながら一緒に悩み、問題を解決する仕事から、区役所内の問題を解決する仕事に変わりました。
もともと現場志向だったのでしょう。Dさんにとって、スタッフ業務はあまり楽しいものではなかったと言います。「役所を辞めようかな」そんな考えが日増しに強くなって行きました。入所して10年が経っていました。
同僚に相談すると、反応は2つに別れたと言います。一つは「せっかく役所に入って、クビになることもなければ倒産することもないのに、どうして自分から辞めるのか。ちょっと我慢すれば人生は大丈夫なのに」という意見。もう一つは「すごい!俺には到底、辞めるなんて出来ない」という羨望の言葉。どちらも想像に難くない言葉です。
Dさんは結局、辞めることを選択。そして一般企業への就職活動を始めました。しかし区役所のキャリアで雇ってくれるところはほとんどなく、それどころか一般企業に働いている人がどんどん職を失う実態を見たと言います。そこで独立起業することを決心。「僕は自分の身体が小さくて、いつも着るものに困っていました。僕と同じような悩みの人は他にもいると思うので、男性モノのXS(エクストラ・スモール)に特化したアパレル会社を立ちあげました」こうして役所を退職。
しかしまだ試練は続きました。「役所出身、アパレル業界での実績もなにも無い中で、男性モノのXSの商品だけの商売が上手く行くなんて、誰も信じてくれませんでした。卸してくれる会社は全然なくて、結局、自分で企画したものを委託生産して自分で販売する方式しかなかったのです」
現在、Dさんはまだ一人で頑張っています。多くの在庫を抱えて、商売をやりながら、会社以外にもバイトもしながら頑張っています。そんな状況での相談でした。
私が彼にどのようなアドバイスをしたかは、ここでは書きません。しかしDさんのキャリアを聞きながら言いました。「Dさんはひとに勇気を与える生き方をしていますね。挑戦するとはどういうことかを、身をもって周囲に示す人。これがDさんのブランド・アイデンティティですね」
正直、無謀とも思えるような生き方とも言えます。今の苦労を思ったら、区役所の同僚が言ったことは正しかった。「どうして辞めるのか?このままいれば安泰なのに」しかし、Dさんにしてみたら、そんな安泰は死ぬことと同じだった。感動も求めず、ただじっとしている生活。本当の自分の欲求を直視せずに、ただ安定を求めるような生き方を尊敬できなかったのではないかと思います。
本音ではDさんのような生き方を求める人は、意外と多いと思います。それなのになかなか出来ない人がほとんどではないでしょうか。総論賛成、各論反対。ただ、私はそれをどうこう言うつもりはありません。そういう生き方にもその人なりの意味があるのでしょう。同じ生き方をしても、その人が死ぬ時に満足するか後悔するかは人それぞれ。そして後悔することが無意味でもありませんし、悪いことでもありません。
最後に「なぜ、今の仕事に就く前に役所に勤めたと思いますか?」と聞きました。彼は役所のキャリアをネガティブに捉えていました。一般企業でキャリアを積まなかったことが弱みだと感じていました。「挑戦するとはどういうことかを周囲に示すには、一風変わった役所のキャリアが大いに役に立つのですよ。Dさんはそのうち大成功します。挑戦したことの正当な対価です。その時にこんなに説得力のあるキャリアは他にないのですよ」私がそのように言うと、彼は純粋に喜んでくれました。