あるストリート・ミュージシャンの話

配信日:2013年1月16日

今回はちょっとした寓話を紹介しましょう。

ワシントンDCのメトロで一人の男がバイオリンの演奏を始めました。それは1月の寒い朝のこと。彼は6曲のバッハの曲を約45分間演奏しました。その時間帯はラッシュアワーで、仕事へ向かう1,100人ほどの人たちが、その駅を行き交いました。

3分が過ぎたとき中年の男性が1人、ミュージシャンが演奏していることに気づきました。男性は歩みを遅くし、数秒立ち止まり、そして自分の予定に間に合うよう、急いで行ってしまいました。またちょっとして、バイオリニストは初めてのチップをもらいました。女性はお金をチップ入れに投げ込むと、立ち止まることなく歩いて行きました。数分後には、男性が壁にもたれかかって彼の演奏を聴いていました。しかし腕時計を見てまた歩いて行ってしまいました。間違いなく彼は仕事に遅刻していました。

最も彼に注目していたのは3才の男の子でした。その子の母親は男の子にくっついて急がせていましたが、子供は立ち止まってバイオリニストを見ていました。とうとう母親は子供を強く押し、その子は歩くことを続け、ずっとこちらを振り向いていました。この様子は何人かの子供たちにも同様にありました。親たちは例外なく子供たちを無理やり歩かせていました。

ミュージシャンが演奏した45分間に、しばし立ち止まったのは、たったの6人でした。約20人が彼にお金をくれましたが、普段の歩調で歩いていってしまいました。彼は32ドルを手にしました。彼が演奏を終えたとき、辺りを静寂が包み、誰も気づきもしませんでした。誰も喝采することはなく、称える人もいませんでした。

誰も知らなかったことですが、そのバイオリニストはジョシュア・ベルという、世界で最も優れた才能の持ち主の1人だったのです。彼はこれまでで最も複雑な難曲のうちの1つを、350万ドルの値打ちのあるバイオリンで、たった今演奏したのです。地下鉄で演奏したその2日前、ジョシュア・ベルは平均値段が100ドルという、ボストンの劇場でのコンサートチケットを完売しました。

これは実話です。ジョシュア・ベルはワシントン・ポストの企画した、人々の知覚、趣、優先順位に関する社会実験を、地下鉄の駅でまわりに内緒で行ったのです。

実験の目的は、平凡な環境において不適当な時間に、人々は美しさに気づくのか?鑑賞するために立ち止まるのか?予期せぬ環境で才能を認識するのか?ということでした。

この実験から導き出せるひとつの結論として、もし世界で最もすぐれたミュージシャンが、この世で最高の音楽を奏でているのを立ち止まって聴く時間も持たないとしたら、私たちはどれほど多くの、その他の大事なことを失っているのか、ということです。
(諸泉悦子:翻訳)

この話はワシントン・ポストの記事を諸泉悦子さんが翻訳されたもので、ご本人の了解をとって紹介しました。

個人的には「ラッシュアワーに実験を行った」というのが立ち止まらなかった理由のようにも思いますが、それにしても示唆に富む実験だと思います。こういう実験は面白いですね。芸術を評価するのもそうですし、例えばワインのテイスティングや骨董品の鑑定などにも通じるように思います。

モノの価値を見極める。私たちは何かを評価する時に、そのものの本質だけを見て判断しているわけではないと知らされます。そして本当に素晴らしいもの、価値あるものでも、目の前にあるのに気づかずにいたり、「大したことない」という先入観で軽んじていたりするかもしれません。それは案外、自分自身のことかもしれません。

年別バックナンバー

資料請求・ご相談はこちら ▶

bmwin

『ブランド戦略をゼロベースで見直す!』
ご相談、お問い合わせはこちらから▶