集積知型の開発モデル

配信日:2011年日

昨年12月、マーケティング研究協会さん主催の公開セミナーで最近のブランディングの潮流について話しました。通常、セミナー修了後に私は個別相談会を30分から1時間取っています。そこで参加者の方々の質問や相談を受けることにしています。なぜ個別にしているかというと、公開セミナーでは競合他社も一緒に参加している可能性があり、社内事情に関することなどを参加者全員の前で質問・相談することが躊躇(ためら)われるからです。

ある大手メーカーの方がおっしゃいました。「ブランディングと製品開発の話はよく分かりました。一方で対流通戦略、それも広域流通企業に対する打ち手はどのようなものがありますか?」

いかにも日本企業のマーケッターらしい質問だと思いました。私のサラリーマン時代を振り返ると、流通に対する見方は2通りあります。ひとつはこの方がおっしゃるように流通企業を「顧客」と捉える見方で、日本企業のほとんどがそのように考えていると思われます。AGFでもこのように考えていました。「顧客」なのでいかにして売り込むかを考えることが重要になります。これがこの方の質問の真意です。そして顧客である流通との関係構築が上手く行けば、その先の消費者へも積極的に売ってくれるだろうという発想です。

もうひとつは「消費者へのパイプ」と捉える考え方で、外資系企業の多くはそのように捉えます。単なる「パイプ」であり、代替可能なものと捉えるので外資のマーケッターの関心はむしろ最終ゴールである消費者です。マキシアムやハーシーではこのように考えていました。消費者にとって合理的かつ効率的に製品をデリバリーするにはどのルート(流通企業)が良いだろうかという発想です。よってどんなに大手の流通企業であっても機能しないと判断したら別のことを考えます。代替可能なのです。

私の答えは「いまのようにネット環境が発達して消費者主権がかつてよりも圧倒的に実現している世界では、いかに消費者にとって魅力的なものを作るかが、結局はメーカーの対流通戦略になるのではないでしょうか?」というものでした。外資的な答えだったと思います。

消費者がネットで欲しい物を買うような環境で食品だってデリバリーで購入するような時代です。最近はリアル店舗でも非計画購買は減ってきているのではないか?そのような時代に広域流通の個別企業名を挙げて、マーケティング担当者自身がどのような打ち手を考えるかはあまり意味がなくなってきている、それはすでに時代遅れのアプローチになってきているということをやんわりと申し上げたつもりでしたが、多分、納得されていなかったと思います。

問題なのは「ではどうしたら今よりも魅力的な新製品を開発できるのか?」ということです。正直、いままでだって魅力的なものを作ろうと一生懸命やってきています。それを超えるにはどうしたらよいかが現実的な課題になります。

これもよくクライアントさんでお話することですが、開発とは開発能力だけに依存するのではなく開発組織や開発スタイルも大きく影響するのです。事実、開発スタイルは多様化してきています。

P&Gの「コネクト&ディベロップ」はそのひとつです。これは製品開発においてP&G社内だけでそれを行うのではなく、社外のノウハウや特許を取り込みながら開発課題をクリアしていくというものです。

具体的にはP&Gのウェブサイトでテーマが掲載されます。「このような課題を抱えているのだけれど解決できる企業様はいらっしゃいますか?」それに対して世界中の企業から「うちの技術を使って解決できます」というオファーがきます。良いアイディアや技術に対しては契約しロイヤルティなどを支払うというものです。

例えばプリングルス(ポテトチップス)に直接印刷する技術がなかったために掲載したところ、イタリアのパン屋が回答し問題解決を図れたなどの事例があります。ファブリーズの縦型容器やSK-Ⅱのフェイスマスクには日本の中小企業の技術が使われているなどの事例もあります。

これによって提示問題の30%が解決、技術革新アイディアの45%が社外調達によって達成され、開発コストは半減、新製品の成功率は80%(業界平均は30%)、結果、生産性は60%アップという結果になりました。

そもそもこのような開発スタイルを取るようになった背景には、自前で開発した新製品がことごとく失敗に終わったという苦い経験がありました。それによって当時のCEOは18ヶ月で退任に追い込まれています。自前主義の限界を認識した瞬間です。

また流通に対するカウンター・アクションとも見られます。従来、戦略的同盟と称して縦型のWIN-WINを志向してきましたが、バイイングパワーの関係性のなかで結局は所期の成果を上げることが出来なかった。そこでメーカー同士の戦略的同盟(横型のWIN-WIN)を志向したようにも思います。

興味深いのは開発という社内秘に属するテーマをこのように公開していることです。また協働開発を行う上で自社のノウハウも流出します。多くの会社が反発するポイントはここだと思います。P&Gは、そして現在このような手法を取り入れている企業も、公開してもそれ以上にメリットがあると判断したわけです。英断でありマーケティング革新を行ったとも言えます。

私のコンサルティングもそうですが、最近では開発を開発部やマーケティング部だけで行うことは稀(まれ)になっています。開発に関与する領域は確実に広くなっていています。従来の「密室型開発」は過去のものとなり、広く社内・社外の知恵を共有する「集積知型開発」がキーワードです。それが魅力的な新製品を開発する、つまりコストを抑えながら命中率とスピードを上げていくスタイルです。

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