全員勝ち組の戦略
配信日:2010年
先日、あるクライアントさんで海外市場でのブランディング戦略について話しました。このクライアントさんは地方で特産品を扱う会社です。ブランディング・チームのひとりの方が素晴らしいことをおっしゃいました。
「今の時代は地方のスタンダードが世界に通用する時代です。地方色を強く出せば出すほど世界がその独自性を認めてくれる。パルミジャーノ・レッジャーノだってイタリアの一地方の特産品だけど、北海道で作られたパルミジャーノよりも高い値段で、しかも世界中で販売されている。最近は調子もあまり良くないみたいだけど、今治のタオルだって四国の地場産業にすぎなかったのに世界中で高級タオルとして受け入れられている。青森のリンゴも中国の富裕層に高価で買われている。」
確かに何らかの産地と呼ばれるところには、それが何であれ歴史と技が存在するものです。今の時代は有名会社の全国一律的な製品・サービスよりも地方色を出したニッチな製品のほうが注目を集めるのかもしれません。そういう意味では地方の中小企業にとっては追い風が吹いているといえます。
しかしエリアのイメージというのは案外、使われていないのではないかと私は思います。
私の実家は岐阜県・多治見市の窯元です。多治見は世界的にも有名な陶磁器のエリア・ブランドですが、私のなかで「TAJIMIブランド」を打ち出して商売をした記憶はまったくありません。それは他の窯でも同じこと。私の実家はすでに窯を閉めてしまいましたが、現在でも他の窯ではエリア・ブランドを使っていないようです。事実、INAXとかTOTOとかの企業ブランドを全面に出すマーケティングが一般的でした。一方でエリア・ブランドを全面に出して世界で勝負するということはほぼ皆無だったように思います。
エリア・ブランドの価値とは、その地域の内側にいるとあまりにも当たり前すぎて、その真価を認めにくいのかもしれません。
同じことは「国のブランド・イメージ」でもいえると思います。最近の中国産食品の事件や中国製アパレルに針が混入していたなどの事件で、これらの業界ではメイド・イン・ジャパンを強く訴求する動きが出てきていますが、これなどは日本という国が品質面において非常に厳しい管理をしているという「国のイメージ」を上手く活用したマーケティングです。日本というエリア・ブランドは「安心・信頼性」を示す記号に他なりません。
例えば電化製品や自動車、ゲームやアニメのように日本のイメージがプラスに働くカテゴリーでは積極的にメイド・イン・ジャパンを打ち出すとより効果的だといえます。同様に地場産業のブランディングでもエリア・ブランドをちゃんと訴求することが得だと思います。
もしエリアがブランディングされると「全員勝ち組の戦略」というものが成立するかもしれません。その地域の企業がその恩恵を等しく受けることができるからです。つまりブランディングのパラダイムが「メイド・バイ・誰々」から「メイド・イン・何処どこ」に変わる瞬間です。これはもちろん、その企業の経営者やマーケッターがやる気の前提ですが、そのエリアに自分たちが含まれているということが他エリアの同業他社(例えば中国製の安い類似品)に対する一種の差別化になり、エリア・ブランドそのものが一種の「ブランドの傘(アンブレラ)戦略」になる可能性があるということです。
私の古くからのクライアントさんで新潟県酒造組合さんがいます。新潟県下の蔵元93社を統轄し「新潟というエリア・ブランド」を梃子にすべての蔵元が上手くいくように取り計らう組合です。彼らを見ているとエリア・ブランドをひとつの傘にしてしまうことで全員が勝ち組になれる戦略を実施しているのがよくわかります。そのような状況でのエリア内の競争とは蔵元同士の切磋琢磨であって、いわゆるケンカではないということがよく見て取れます。